日本の高度成長期に数多く建てられた建築物は築50年~70年と、老朽化が進んでいます。
今回の展示会でも建物補修、リノベ関連製品が多く展示されていました。
中でも注目したのは保証期間30年、耐用年数50年を謳っていた屋根防水シートです。
一般的に、防水シートの耐用年数は15年~20年といわれている中でこれはすごいなと思いました。
なぜこんなに高寿命の製品を生み出せたのか、気になったので特許を調べてみました。
特許の要約ではなく自分なりの解釈で書いていくので、もしかしたら間違いがあるかもしれませんが、学習記録として残します。
特許の概要・背景
特許出願公開番号:特開2023-18895
これはコンクリート屋根を保護するシートに関する特許です。
特許明細書の中では「保護シート」とありますが、屋根に施される保護シートとは一般的には「防水シート」と呼ばれるものだと思うので、ここからは「防水シート」とします。
まず前提として、建築物の防水シートは「水の浸入を防ぎ、かつ水蒸気を発散させる」ことが望ましいとされています。
これはアウトドア衣類などにも使われている、「透湿防水素材」と呼ばれるものです。
アウトドア衣類における透湿防水のメリット
・防水性;雨に濡れることを防ぐ
・透湿性:汗を蒸発させる
建築用防水シートにおける透湿防水のメリット
・防水性:雨の浸入を防ぐ
・透湿性:建築物(コンクリート)内部の水蒸気を逃がし、
カビや結露、コンクリートの膨張を防止する。
シート内の水分量を一定に保ち、強度を高める
外部からの雨水が壁や屋根などの内部構造に侵入することを防ぐ防水性と、内部の湿気がこもりカビや結露が発生することを防ぐ透湿性、この2つの機能を両立させることで、防水シートは建築物を守っているのです。
それからこの特許では、透湿性を高めるメリットとして、透湿性がないとコンクリート内部の水蒸気が逃げ場を失い、コンクリート自体が膨れる現象が生じることがある、という内容についても述べられています。
ここまでは分かりやすいですね。
上記のメリットの記載の中にもうひとつ、防水シートに透湿性を持たせるメリットを挙げました。
「シート内の水分量を一定に保ち、強度を高める」というものです。
なぜ水分量がシート強度に影響するのか?
それはこの特許の建築物保護シートに含まれている、セメントの性質によるものです。
セメントの水和反応
シートに含まれているセメントには、「水と反応して硬化し、強度を増す」という性質があります。
水和反応と呼ばれるものです。
コンクリートもこのセメントの水和反応によって硬くなることで建造物の強度を保っています。
セメントの水和反応については、以下のサイトに分かりやすい説明が載っていました。
コンクリートの水和反応と水和生成物の化学式 | コンクリート屋さんのブログ (practical-concrete.com)
画像をお借りして一部内容を紹介します。
左
セメントと水を混ぜた直後の状態。
青いひし形の部分がセメント粒子で、白い部分が水です。
セメントの水分が周辺に溶け出し、写真の黒い部分の水和生成物ができてきます。
中
水和反応が数時間進んだあとの状態。
水和物同士が絡み合い、連続した組織となり流動性がなくなります。
この状態を「凝結」と呼びます。
右
さらに反応が進み、セメント粒子間の空隙が水和物で満たされて硬化が進み、強度が発現していきている状態。
これを「硬化」と呼びます。
「凝結」までが5~6時間、「硬化」はその後長い時間をかけて進み、50年後にも水和反応が確認された構造物もあるそうです。
セメントは、泥団子のように乾燥によって固くなるわけではなく、水和反応により強度を増していく性質のものなのです。
従来技術の課題と本発明の肝
ここまで、防水シートにはセメントが含まれていて、セメントの水和反応がシートの強度に関わっている、ということが分かりました。
そして水和反応には水が必要であるため、シート内の水分を適切に保つことが重要ということが理解できました。
ここで特許明細書に戻ります。
明細書によると、従来のシートは「太陽光の照射により水分含有量が減少し、十分に硬化しない」「太陽光に曝されることで硬化層が変質して劣化する」と述べられています。
つまり、建築物の屋根などに設置される防水シートは、太陽光によって水分が奪われ、水和反応が途中で止まってしまう→結果十分な強度が発現せず劣化しやすい、という状態に陥っていることを問題提起しているのです。
そこで本特許では、太陽光の照射前と照射後におけるシートの透湿率の変化が一定の範囲内に収まることを目指し、そのためにシートに水分を保持できる処理を施すことを示しています。
そしてこの水分を保持する処理が吸水処理というもので、この吸水処理の方法について説明しています。
これがこの特許における発明の肝となっている部分であると理解しました。
気になったこと
太陽光の照射率について
特許明細書の中で、太陽光の影響によるシートの透湿率の変化を測るために、「放射強度180W/㎡のキセノンランプから光を72時間照射させる」とありました。
この「180W/㎡」「72時間」というのはどういう数字なんだろう。
おそらく何かのテスト規格が決められていてその基準に基づいたものとは思ったのですが、気になってしまいました。
まず「放射強度180W/㎡」です。
地表表面における太陽光の放射強度を表す数字として「太陽定数」というものがあります。
太陽定数は1366W/㎡です。
ただし大気の影響や地球の位置により、実際に地表に到達する強度はおよそ1000W/㎡と言われています。
つまり、今回の実験の180W/㎡という数字は、太陽の放射強度の18%にあたることになります。
これはわたしの推察になってしまいますが、シートの劣化に影響する紫外線について限定すると、太陽光の全エネルギーのうち10%程度の比率になります。
なので余裕をみて180W/㎡という数字になるのかなと思いましたが、どうなんでしょうか。
次に、「72時間の照射」ですが、今年の東京で日照時間が一番長かった月は7月、その平均日照時間が約8時間なので、この数字で割ると9日分の太陽光を照射することになります。
水和反応の反応完了を100%とすると、4日程度で70%、28日前後で80%の反応が完了すると言われているので、9日分の太陽光を当てて透湿率の変化が少なければ、水和反応の促進に影響がないと考えられるのでしょうか。
この特許における太陽光の照射量がどのくらいかということは何となくつかめましたが、それがどういう意図を持った数字なのかははっきりとは分かりませんでした。
ChatGPTの矛盾
この特許では、シートに吸水処理を施すものとして6つの方法が挙げられていました。そのうちのひとつに、
「ポリマーセメント硬化層を作成する際のエージング処理を高湿度環境下で行う方法」というものがありました。
エージング処理について、ChatGPTに尋ねると以下のような回答でした。
エージング処理(エイジング、エージングテスト)は、製品や素材を意図的に老化させるプロセスです。この処理の主な目的は、製品の耐久性や長期的な品質を評価することです。
エージング処理は、製品の品質テストのために用いられると言っています。念押しして聞いてみました。
つまり製品の性能を上げるために必要な工程ではなく、品質テストを目的としたものなのですね。テストが不要なら製造においてこのプロセスを省いてもよいのですか。
エージング処理は、製品の性能向上を直接目的としたものではなく、主に品質テストのために用いられます。このプロセスは、製品の耐久性や長期的な性能を評価するために重要ですが、製造工程において必ずしも必要とは限りません。製品の種類、使用環境、安全性や品質に関する要求基準によって、エージングテストの必要性が異なります。製造プロセスでエージング処理を省略するかどうかは、製品の目的、規格、市場の要件などを考慮して決定する必要があります。
でもこの特許のシート製造プロセスでは、エージング処理を高湿度で行うことで製品の水分保持率を向上させることができるとあります。
このことについて質問してみました。すると、
エージング処理を高湿度で行うことで、特定の製品の水分保持率を向上させることが可能です。このプロセスは、特に水分の保持が重要な製品、例えばスキンケア製品、食品、特定の工業材料などにおいて有用です。高湿度環境でのエージングは、製品が水分を吸収しやすくなる条件を提供し、その結果、製品の水分保持能力が向上する可能性があります。ただし、この方法が適切かどうかは、製品の種類や目的によって異なります。
あれ、さっきと言っていることが違う。突っ込んでみました。
エージング処理は製品の性能向上を直接目的としたものではないとおっしゃっていましたが、そうとも限らないということですね。エージング処理を施すことで製品の性能を向上させることができ得るということですね。
はい、その通りです。エージング処理は通常、製品の長期的な品質や耐久性を評価するために使用されますが、一部の製品ではこの処理を通じて性能を直接向上させることも可能です。例えば、高湿度でのエージング処理が水分保持率の向上に寄与する場合のように、特定の製品の特性を改善する目的でエージング処理を施すことがあります。エージング処理の効果は製品の種類や目的によって異なるため、その適用は製品ごとに個別に検討する必要があります。
最初の説明では、エージング処理は製品の品質向上に関わるものではなく、品質テストのための処理だと言っていました。
でも深掘りして聞いていくと、「エージング処理そのものが製品の特性に関わる」と意見を変えてきました。
このやりとりをしてみて感じたことは、「何も知識がない状態でChatGPTに質問してその解答を鵜呑みにしてしまってはいけない」ということです。
ChatGPTの使い方としては、知識の確認や裏付け、詳細知識の不足分を補う目的で使う、あるいは逆に、ChatGPTで情報のきっかけを得て、その裏どりや補足を別の資料で行うという、という方法が良いと思いました。
また最初の私の質問、「エージング処理とは何ですか」といった言葉の定義をざっくり問うような投げかけも良くなかったのだと思います。
適切な質問力、プロンプトエンジニアリングの能力が必要だと講座でも言われてきましたが、今回そのことを実感しました。
特許明細書を精読してみて
勉強した内容を中心に、今までも特許明細書を何件か読んできましたが、ノートを作り分からない部分を調べながら読み込むという作業を初めて行いました。
最初は今まで通り全体をざっと読んだのですが、製品についてはすでに調べてあったこともあり最初は分かりやすいなと感じました。
でも深掘りすればするほど発明のロジックがよく分からなくなってきてしまい、話の道筋を理解するのに苦労しました。
例えば、透湿率の変化率がシートの劣化にどう影響するのか?
吸水性を上げることと透湿率との関係とは?
こういったことは、例えばセメントの水和反応など、背景知識がある前提で話が進んでいくわけで、特許が親切に説明してくれるわけではないんだな、と当たり前のことですが実感しました。
普段の特許明細書が「分かったつもり」の読み込みだと気づいたので、今後も調べながら深掘りして読むことを実践したいと思います。